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砂くんのへんなにっき

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戦国時代 ~ 織田信長 壱 ~

今回は管理人が大好きな戦国時代、そして織田信長について話します。
まず信長の家系についてです。

信長の父、信秀は幾度が美濃の戦国大名斉藤氏と戦いました。
しかし、父はそこまで戦力が無く時期に死んでしまいます。

そして織田家を次に継ぐのは誰かとなります。
最初は礼儀正しくうつけ者の信長とは正反対の、弟が候補でした。
しかし、その争いも勝ち、織田家を継ぐのです。

継いですぐくらいでしょうか?
美濃の大名、斉藤氏の娘の濃姫と結婚します。
この結婚も最初は斉藤氏の戦略でした。
しかし、斉藤氏は戦死。濃姫は父親の分も生きる為に信長を殺すのをやめます。
まぁこれは一種の仮説ですけど。本当に殺そうとしたのかはry

そして、信長の名前を有名にさせる戦いが1560年に。

1560年桶狭間の戦い

相手は強敵、今川義元。守護大名としても有名です。
今川義元といえば貴族らしい風貌で武士と言う感じはほとんどしない大名でした。
それに、馬から落馬したり蹴鞠を好んだり。
とても弱弱しく見えるでしょう。
しかし、ある一説ではこれも家督争いに巻き込まれないようにするための一つの戦法とも言われています。

そして戦地、桶狭間。今で言う愛知県です。
勿論、愛知県に桶狭間跡地みたいな場所もあるので行って見るといいかも。

織田軍は圧倒的に不利でした。
まず兵の数で負けでした。
そして相手には有名な戦国武将も付いていました。
例えば朝比奈や岡部。
岡部氏は今川義元の首を自分の城に持って帰りました。

信長は“天候”を使い奇襲攻撃を開始します。
天候は雨、奇襲には持って来いの天候です。
相手からはこちらが見難いのです。

織田信長は3000の兵を連れて義元の首ひとつを狙いました。

この戦で織田軍は勝利を収め、戦国乱世に名を広めることになります。


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